振り上げない面
作成日:22.12.4
改正:22.12.14(動画追加)
はじめに
私は面打ちが大きくなりがちで、相手より早く打ち始めたにも関わらず、相手の剣先が先に面布団に乗っている、ということがしばしばありました。
相面は総合的な打ちの確かさではなく、実質的にはどちらが早く当たったかが一本の判断要素になっています。どんなに相手の動きを見切り、美しい打ちをしたとしても、早く当たっただけの打ちを取られるのはなんとも悔しいですね。
私の小さい面は小さくなかった
自分が先に打ち始めているのになぜ相面で負けるのか、稽古の動画を見て、気づきました。なんと、相手は竹刀を振り上げていなかったのです。振り上げが小さいのではなく、振り上げていないのです。
どうりで相手の打ちの方が早いわけです。ほぼ直線で来るわけですから。
さて以後、話を分かりやすくするため、それぞれの面打ちに名前を付けておきます。一つ目は素振りでするような頭上まで振り上げる本当に大きい面、これを『大きい面』とします。二つ目は私がしていたような『振り上げの小さい面』です。三つ目は今回のテーマ、『振り上げない面』です。
振り上げ動作とは
振り上げなかったら、面より下にある剣先が面に届くばずがない、と思う方もいらっしゃるでしょう。
ここでは振り上げ動作を次のように定義します。
振り上げ動作とは、「左手を構えの位置より前進させること。」
このように定義したのは2つの理由があります。
- 「振り」上げるのですから、回転運動が伴っていなければなりません。回転運動を生み出すのは左右の手による梃子です。
- そして、振り「上げる」のですから、上方への変位成分が含まれる、後方への回転でなければなりません。そしてそれを生み出すのは左手の前進だからです。
動作に着目することで3つの面打ちの違いが浮き彫りとなり、理解しやすくなります。
『振り上げない面』の動作
『振り上げない面』は左手が前進するのではなく、むしろ手前に引く方へ動きます。
中段に構えたところから、左手を引いただけでは面は打てません。そこで必要になるのが肩と肘の操作です。右手を肩の位置まで持ち上げ、肘を伸展させます。これに左手を引く動作を合成すると、『振り上げない面』が出来上がります。
このように『振り上げない面』は竹刀を持ち上げながら、左手をしゃくり上げ、剣先を面に押し込むように打っているのです。剣先が後方に動くことはありません。
動きから見た違い
『大きい面』及び『振り上げの小さい面』と『振り上げない面』は振り上げるか否かだけでなく、肘や手首の動きも異なります。
『大きい面』は、構えた状態から両肘とも屈曲したまま竹刀全体を振り上げ、左右の肘を伸展させながら振り下ろします。
『振り上げの小さい面』は左肘が伸展(左手が前進)し、剣先だけを振り上げ、次に右肘を伸展させながら振り下ろします。
両方とも左右の肘が伸展します。
しかし『振り上げない面』は左肘は進展させず屈曲を保ったまま、右肘だけが伸展します。その為ややもすると左肘が横に大きく張り出し、左手が抱き手になりがちです。
手首も、前二つの面は多少の動きはあるものの、ほぼ中立位置のまま(切り手)なのに対し、『振り上げない面』は特に左手が小指側に倒れ(尺屈)、いわゆる突き手の状態とならざるを得ません。
以上をまとめたものが以下の表です。
大きい面 | 振り上げの小さい面 | 振り上げない面 | |
---|---|---|---|
右手の最高高さ | 肩より上 | 肩程度 | ← |
左手と右手の位置関係 | 左手が右手より前進する | ← | 左手は前進しない。
(左手を引く) |
肘の動き | 両肘がほぼ同時に伸展する。 | 左、右の順で伸展する。 | 左は屈曲したまま、右だけが伸展する。 |
手首の動き | あまりない、ほぼ中立状態
(切り手) |
← | 左右ともに尺屈する。 |
剣先の軌道 | 「て」の字状 | 「へ」の字状 | 山なり |
このように『大きい面』と『振り上げの小さい面』がほぼ同じ動作であるのに対し、『振り上げない面』はそれらとは全く異なることが分かります。
よって一般に教えられているような「大きい面を小さくしていくと小さい面になる」は正しくもあり、間違いでもあります。そう教えている本人が実際には『振り上げない面』を打っている可能性があります。教える側は自分が教えようとしている面打ちがどれなのか、よく認識しましょう。
『振り上げない面』は認めるべきか?
『振り上げない面』は伝統的な剣道の教えにはなく、おそらく右荷重の剣道が発達していく中で自然発生したと思われます。(左手を引く為、右半身が前進し、左半身が後退する右足荷重の剣道と相性が良いです。)
既に伝統的な教えに則っていないのに、そこから脱却できていない剣道界でも、この打ち方を積極的に教えるところには至っていないようです。ただ現代剣士のほとんどがこのような面打ちを自得し、遣っています。
この打ち方は認めるべきなのでしょうか?
伝統的な教えにない、このような打ち方は邪道と捉えるのも一つの考え方です。しかし、せいぜい明治以降、現代剣道に限れば70年程度の歴史しかない「剣道」という範疇を超え、古流や他の武術まで視野を広げれば、このような操作が見つかるかもしれません。
究極的には、刃筋が立ち、ある程度の打突強度が有れば、それに至る過程(打ち方)は無関係のはずです。その考えに立てば、このような打ち方も認めることもできます。
問題なのは大きく打つのが良いと言いつつ、試合では小さい技に旗を挙げ、大きい技を励行しない剣道界の矛盾した姿勢でしょう。
実践動画
振り上げない面
派生技
参考文献
能々稽古あるべし
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